清心蓮子飲は一般に、精神的な不調に排尿トラブルを伴う場合に使用する方剤とされている。
蓮肉・茯苓・黄耆・人参・麦門冬・車前子・地骨皮・黄芩・甘草の9味から構成されている。
中医薬物学・方剤学では、
蓮 肉:甘、平、脾・腎・心、健脾止瀉・養心安神・益腎固精
茯 苓:甘・淡、平、心・脾・胃・肺・腎、利水滲湿・健脾補中・寧心安神
黄 耆:甘、温、脾・肺、補気昇陽・補気摂血・補気行滞・固表止汗・托瘡生肌・利水消腫・益気生津
人 参:甘・微苦、微温、肺・脾、補気固脱・補脾気・益肺気・生津止渇・安神益智
麦門冬:甘・微苦、肺・心・胃、清熱潤肺止咳・養胃生津・清心除煩・潤腸通便
車前子:甘・淡、寒、肝・腎・肺・小腸、清熱利水・滲湿止瀉・清肝明目・化痰止咳
地骨皮:甘、寒、肺・肝・腎、清虚熱・清瀉肺火・涼血止血
黄 芩:苦、寒、肺・大腸・小腸・脾・胆、清熱燥湿・清熱瀉火解毒涼血・清熱安胎
甘 草:甘、平、十二経、補中益気・潤肺祛痰 止咳・緩急止痛・清熱解毒・調和薬性
蓮肉が清心火や渋精固腎に働き、地骨皮と黄芩が清心火を補助、茯苓と車前子は利小便、麦門冬は生津養陰、人参・黄耆・甘草は益気しているとされている。
総合して、心火上炎・気陰不足に使用し、益気滋陰・清心火すると考えられている。
出典
『太平恵民和剤局方・痼冷』(宋・陳師文、1151年)
心中に積を蓄え、時に常づね煩躁し、因りて思慮労力、憂愁抑鬱し、是れ小便白濁を致し、或は沙膜[漠]有り、夜は夢に走泄し、遺瀝渋痛し、便赤く血の如く;或は酒色過度に因り、上盛下虚し、心火炎上し、肺金は剋を受け、口舌干燥し、漸く消渇と成り、睡臥 安からず、四肢倦怠し、男子の五淋、婦人の帯下赤白;及び病後の気 収斂せず、陽は外に浮き、五心煩熱するを治す。
薬性温平にて、冷やさず熱さず、常に服すれば心を清し神を養い、精を秘し虚を補い、脾胃を滋潤し、血気を調順す。
黄芩、麦門冬(心を去る)、地骨皮、車前子、甘草(炙る)各半量、石蓮肉(心を去る)、白茯苓、黄耆(蜜炙)、人参各七両半
上刻み散とす。三銭毎に、麦門冬十粒、水一盞半、煎じて八分を取り、滓を去り水中に沈めて冷まし、空心、食前に服す。発熱せば柴胡・薄荷を加へ煎ず。
そもそも「痼冷」の部に記載されていた清心蓮子飲。
痼冷とは、慢性的な冷えを意味すると思われ、それが積となり、精神症状をはじめ小便などの症状が顕在化しているのであれば、現代の精神不安が原因であることとは異なる。
また、薬性は「温平」とされ、「冷やさず熱さず」であると言う。蓮肉(蓮子)もそれほど強い清熱作用もあるわけではないので、清心蓮子飲という名前がイマイチ合致するとも思えない。
中国の古典
『明医雑著 巻之六・附方』(明・王綸、1502年)
熱 気分に在り、煩躁し渇を作し、小便赤濁し淋瀝し、或は陰虚火盛し、口苦し、咽乾し、煩渇し、微かに熱する者を治す。
『医方考 巻之四・淋瀝門』(明・呉崑、1584年)
労淋の者、此の方 之を主る。
労に遇ひ即ち発する者は、名づけて労淋と曰ふ。此れ体 弱きを以て、故に労を任せず、而して五臓各おの労有り。労とは、動なり。動きて陽を生じ、故に内熱せしめ、内熱 膀胱に移り、故に淋閉せしむ。是の方なり。石蓮肉は心を瀉火し、麦門冬は肺を清熱し、黄芩は肝を瀉火し、地骨皮は腎を退熱し、黄耆、人参、茯苓、甘草は脾を瀉火し、皆 五臓の労熱を療する所以なり。惟だ車前子の滑は、乃ち淋を治するを以て着を去るなり。
『万病回春・濁証』(明・龔廷賢、1587年)
心中煩躁し、思慮憂愁抑鬱、小便赤濁し、或は沙漠有り、夜夢に遺精し、遺瀝渋痛し、便赤く、或は酒色過度、上盛下虚し、心下上炎し、肺金剋を受け、故に口苦く咽干し、漸く消渇と成り、四肢倦怠、男子の五淋、婦人の帯下赤白、五心煩熱を治す。
此の薬温平にて、火を清し、神を養い、精を秘し、大いに奇効有り。
石蓮肉、人参各二銭半、黄耆(蜜炙)、赤茯苓各二銭、麦門冬(心を去る)、地骨皮、黄芩、車前子各一銭半、甘草、上盛下虚せば酒炒黄柏、知母各一銭を加ふ。
又方 心経の伏暑、小便赤濁を治す。
人参(芦を去る)減半、白朮(芦を去る)、赤茯苓(皮を去る)、猪苓、沢瀉、香薷、石蓮肉、麦門冬(心を去る)各等分。
上を刻みて一剤とし、水煎し、空心に温服す。
『済陰綱目 巻之五・産後門下・発渇』(明・武之望、1620年)
産後に心煩し渇を発するを治す。
『景岳全書 巻之五十七宇集・古方八陣・寒陣』(明・張景岳、1624年)
熱 気分に在り、口乾し渇を作し、小便淋濁し、或は口舌生瘡し、咽疼し煩躁するを治す。
『証治匯補 巻之八・下竅門・便濁章』(清・李用粋、1687年)
心虚し便濁し熱 有るを治す。
『幼幼集成 巻之四・二便証治・小便不利証治』(清・陳復正、1750年)
専ら白濁を治す。
『蘭台軌範 巻一・通治方』(清・徐大椿、1764年)
心虚し熱 有り、小便赤渋を治す。
日本の古典
『衆方規矩・淋病門』(曲直瀬道三、1636年)
心中煩躁し思慮憂愁抑鬱して小便赤く濁るを治す。或は沙漠あり。夜夢に遺精し遺瀝渋り痛み便赤く、或は酒色過度し上盛んに下虚して心火上炎し肺金克を受け、口苦く咽乾き消渇となり四肢倦怠、男子の五淋、婦人は赤白、五心煩熱す。この薬温平なり。心を清うし神を養い精を秘す。大いに奇効あり。
『勿誤薬室方函・口訣』(浅田宗伯、1877年・1879年)
方函:心中煩躁、思慮憂愁抑鬱、小便赤濁、或は沙漠あり、夜夢に遺精、遺瀝渋痛、小便赤たり。或は酒色過度、上盛下虚、心火上炎、肺金克を受く、故に口苦咽乾、漸く消渇をなす。四肢倦怠、男子五淋、婦人帯下赤白、五心煩熱を治す。この薬温平、心を清し、神を養ひ、精を秘す。
口訣:此の方は上焦の虚火亢りて、下元これがために守を失し、気淋白濁等の症をなす者を治す。また遺精の症、桂枝加竜牡の類を用ひて効なき者は、上盛下虚に属す。此方に宜し。もし心火熾にして妄夢失精するものは、竜胆瀉肝湯に宜し。一体此方は脾胃を調和するを主とす。故に淋疾下疳に因る者にあらず。また後世の五淋湯、八正散のゆく処に比すれば虚候の者に用ふ。
『漢方処方解説』(矢数道明、1966年)
上盛下虚というのが目標となる。上盛下虚というのは、上部の心熱が盛んになって下焦の腎の働きが弱くなり、上下の調和を失って、下焦にあたる泌尿器に症状を表すことを意味するものである。
すなわち尿意頻数や尿混濁、遺精や遺尿、残尿感等である。婦人の帯下で、米のとぎ汁のようなものが大量に下るというもの、また糖尿病で神経症を兼ねて体力衰え、食欲少なく、全身倦怠感を訴えるものなどが目標となる。